面倒くさいは幸せの種

離婚への道

こんにちは、知恵です。

「離婚駆け込み寺」に来てくださり、ありがとうございます。

「面倒くさい」

この言葉を聞いて、どう感じますか?

私たちは普段、この言葉をどこかネガティブなものとして捉えているかもしれません。

できれば避けたい。
後回しにしたい。
今日はやめておこうかな。

でも、面倒くさいことの中には、実は小さな幸せの種が隠れているんじゃないかと思っています。

面倒くさいことの先にあるもの

面倒くさいと思うことって、本当は「やった方がいい」と、自分でもどこかで分かっていることだったりします。

家事もそう。
仕事もそう。
人とのやり取りもそう。

重い腰を上げて、一歩踏み出してやってみる。

すると不思議と、終わったあとに少し気持ちが軽くなったり、達成感があったり、「やってよかったな」と思えることがあります。

もちろん、私自身も面倒くさいと思うことはたくさんあります。

「今日はいいかな」
「また今度でいいかな」

そんな日も普通にあります。

でも、そんなときに少しだけ捉え方を変えてみると、面白いことに気づきました。

「やりたくない」と「面倒くさい」は違う

私は、「やりたくない」と「面倒くさい」は少し違うと思っています。

本当にやりたくないことは、無理にやらなくてもいい。

自分の本心が「違う」と感じていることもあるからです。

でも、「面倒くさい」は少し違います。

面倒だけど、やった先に心地よさが待っていることがある。
面倒だけど、自分を少し好きになれることがある。

だから私は、

「面倒くさいの中には、幸せの種がある」

と思っています。

少しだけ捉え方を変えてみる

もちろん、ストイックになろうという話ではありません。

毎日完璧に頑張ろうとか、無理して動こうとか、そういうことではないんです。

ただ、

「面倒くさい=悪いこと」

ではなく、

「この先に小さな幸せがあるかもしれない」

そう考えてみると、一歩踏み出す感覚が少し変わる気がしています。

もし今、「ちょっと面倒だな」と思っていることがあるなら、その中に小さな幸せが隠れていないか、少しだけ探してみるのも面白いかもしれません😊

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