離婚の相談で傷ついた私が、このブログを始めた理由

体験談

こんにちは、知恵です。

「離婚駆け込み寺」に来てくださり、ありがとうございます。

私は2014年に離婚を経験しています。

今こうして「離婚駆け込み寺」という場所をつくっているのには、ひとつのきっかけがあります。

それは、私自身が離婚の相談をしたときの経験です。

離婚を決意した当時、これからどうしたらいいのか分からず、期待と不安を抱えながら、某市区町村の相談窓口を訪れました。

正直、少し期待していたんです。

「話を聞いてもらえるかもしれない」

「これからどうしたらいいのか、一緒に考えてもらえるかもしれない」

そんな気持ちで相談に行きました。

ところが、実際は私が思っていたものとは、まったく違いました。

家庭のことや、それまでの事情を話すと、「あなたのせい」というような言葉をかけられ、説教に近いような対応を受けました。

当時は、心も体も疲れており、子どももまだ小さく、保育園のことなど、これからの生活について相談したいこともたくさんありました。

でも、結局それを相談することもできず、泣きながらその部屋を後にしました。

今でも、そのときのことは鮮明に覚えています。

「相談しに来たのに、私は何をしに来たんだろう」

そんな気持ちだったと思います。

もちろん、もし「強くなれ」と背中を押すために、あえて厳しい言葉をかけてくれたのなら、まだ分かります。

でも、私がそのとき受け取ったのは、そういうものではありませんでした。

正直、「もうこの区には住まない」と思ったくらいです(笑)。

それくらい、当時の私にはつらい経験でした。

そして、行政の相談窓口という、困ったときに頼れるはずの場所で、そんな対応をする方がいることにも、強い憤りと失望を感じました。

今は、より専門的な方が配置されている相談窓口もあるのかもしれません。

それでも、私が経験したような場所は、少しでも減ってほしいと思っています。

今振り返ると、あの経験が今の活動につながっているので、「あの経験も無駄ではなかった」と思っています。

でも、辛い状況にいる人が、相談したことでさらに傷つく。

そんな経験は、誰にもしてほしくありません。

だから私は、

「あのとき、自分が欲しかった場所をつくろう」

と思いました。

一方的に答えを押しつけるのではなく、まず話を聞く。

「離婚したほうがいい」「しないほうがいい」と決めるのではなく、「私はどうしたい?」と、自分自身で考えられる場所。

それが、この「離婚駆け込み寺」を始めた原点です。

離婚することが正解でもない。
離婚しないことが正解でもない。

大切なのは、自分の人生を自分で選ぶこと。

このブログが、そのために少し立ち止まって考えられる場所になれば嬉しいです。

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